行動経済学

知らなくてもやっぱりと言ってしまうのは?

投稿日:2017年4月10日 更新日:


指をさす

 

「やっぱりね」、「だから言ったじゃん」、「そうやると思った」

 

個人的にはうっとうしい言葉です。

 

心理学的には予想もしないことが起こった時、自分が間抜けに見えないように記憶を書き換えてしまうのです。実際には知らなくてもなんか知っていると思ってしまうということです。

 

これをあと知恵バイアスといいます。

 

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ハーバード大学の最近の研究によると

人は歳を取るにつれて、自分の考えに固執する傾向が強まり、すでに知っていたテーマについてはそれと食い違う情報を受け入れがたくなる。この結果から「老犬に新しい芸は仕込めない」という諺は正しいみたい。

 

さらにアルバータ大学の研究では

年配の人々は何十年もメディアに接してきて知恵を身に付けており、いわば生きた図書館になっており、4年間の学士過程を18歳の若者よりずっと容易で短期間で終わらせられることがわかった。18歳の学生はまだ完成してない成長途中の脳で勉強しなくてはならないからだ。この結果、「いくつになっても学ぶことは遅すぎない」ということがわかった。しかも、年齢が高くなるほど学習スピードが速まるのは紛れもない事実なのだ。

 

どちらも正ような気がしますが・・・

 

実はどちらもでっち上げ、でもそれっぽく思えたでしょ。

 

もっともらしく聞こえた時、新しいことを知った時、人間は過去を書き換えて、自分はずっと正しかったんだと思い、安心したいのです。

 

これは本当です。

オスロ大学のカール・ディ-ゲンは学生にことわざを評価させる実験をした。

 

例えば、「人は見かけによらない」という格言を聞かされると、その通りと答える傾向が強く、逆に「アヒルのように見え、アヒルのように泳ぎ、アヒルのように泣くならたぶん、それはアヒルだ」といことに対しても、ほとんどの被験者がその通りと答えた。

 

他にも「愛は恐怖に勝る」と「恐怖は愛に勝る」という質問にも同様の答えだった。

 

理由は?

原始時代から人は世界を生き抜くために頭をスッキリさせておく必要があった。なぜなら肉体を動かすためには脳の働きによるからだ。もし獣に出くわしてしまったら、逃げるか戦うか、どちらかに集中しなければならない。その時に、教訓やそれまで正しかった情報でも間違ってていたら、さっさと消去してしまうに限る。自分に嘘をつくことになるかもしれないが、生命を維持するには必要不可欠。

 

現代でも

9.11が起こった後、またテロが起きると人々は思った。しかし、テロが起きなくなると、その確率を低く見積もっちゃうんで。

フツーに考えれば、何がどこで起きてもおかしくないと思った方が良いみたいですね。逆に過剰になるのもよろしくないではないかと思います。

 

利用可能性ヒューリスティック

あと知恵バイアス似たやつで、面白いバラエティー番組、センセーショナルなニュースを何回も見聞きすると実際には珍しいことなのに、よくある典型例だと思い込む傾向のこと。

 

「また浮気か~」など。

 

これから脱却するには

⇒「またテレビは浮気の報道をしているよ」

 

ここまでのポイントは

・手元にある情報だけで判断しない

・他にも情報を探してみる

・過去に知っていたことと現在知ったことを偏らず、照らし合わせて判断する。

 

最後に

人間は自分が本当に間違ったことは言わなかったと信じたいのです。

そして、口論などのトラブルになった時、あと知恵バイアスを知っているあなたは重要なことではない限り、相手が間違っていても、とりあえず受け止めてあげましょう。相手は満足しますから。

 

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【ヨースケ】

大学を出て多くの就職面接に失敗。そして、日本の企業には就職しないことを選択。好きなことの中の1つは読書。その知識をシェアしたいと思い、ブログを始めました。

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