コミュニケーション

好意を持ってもらうにはお世辞でもいいの?

投稿日:2019年4月9日 更新日:


好意、持ってもらう

 

お世辞って悪いイメージが何となくありますよね。

 

では、正確に褒めれば好意を持ってくれるのでしょうか。

 

そもそも、それらに境界線が存在するのでしょうか。

 

なかったとしたら、お世辞でも好意を持ってもらえると思いませんか。

 

スポンサーリンク
 

 

好意を持ってほしければ・・・

スタンフォード大学の研究者たちは、お世辞と好意について調べた。(1)

 

そのために、コンピュータで「20の扉」の一種をプレイするためのプログラムを書いた。

 

このゲームでは、最初にコンピュータ何かの動物を思い浮かべる。

 

次に参加者が、「はい」か「いいえ」で答えられる質問をして正解を絞り込んでいく。

 

10回の質問後、参加者は正解だと思う動物を答え。

 

この際に、コンピュータはその時の正解を示さずに、参加者の質問が効果的だったかどうかだけをだけを知らせる。

 

それから、再びコンピュータが他の動物を思い浮かべ、同じように質問とそれに対するフィードバックが行われる。

 

ゲームをこのように設計した理由は、コミュニケーションが限定的で明確であり、ルールが単純で理解しやすく、このようなコンピュータとの対戦プレイが一般に普及しているから。

 

まず、参加者をコンピュータの前に座ってもらい、ゲームの進行について説明をした。

 

1つ目の参加者グループには、コンピュータのフィードバックは正確であり、それは質問に関する長年の科学的研究に基づいているものだと説明した。

 

2つ目の参加者グループには、いずれはこのシステムで参加者の質問スキルを評価する予定だが、まだ評価用のソフトウェアが完成していないので、今回は実際の参加者の質問に関係なくランダムにコメントが表示されると説明した。

 

つまり、2つ目のグループには、あらかじめコンピュータのコメントは無意味だと聞かされていた。

 

3つ目のグループは対照群として、フィードバックを提示せず、、10回の質問後、すぐに次の動物を当てるゲームに移ってもらった。

 

実験の最中、コンピュータは2つのグループのどちらにも同じく熱心な賞賛をフィードバックした。

 

具体的な内容としては、「絶妙」「洞察力に優れている」「鋭い」などと評価され、毎回異なるポジティブなコメントが表示された。

 

2つのグループで唯一異なる点は、第一グループの参加者はコンピュータのコメントを的確な賞賛だと思うのに対し、2つ目のグループの参加者は自分の質問に基づかないお世辞だと、研究者たちは予測した。

 

実験終了後、参加者に対して、コンピュータのコメントをどれくらい気に入ったか、自分の質問とコンピュータの評価についてどう感じたか、過大を楽しんだかなどの質問を行った。

 

その結果、参加者は的確なコンピュータと同程度に、お世辞を言う(汎用のフィードバックをランダムに繰り返す)コンピュータを好んだ。

 

質問紙からは、一見誠実なものでものでもランダムなものでも、とにかくポジティブなフィードバックが、参加者の自己評価を引き上げていたことがわかった。

 

さらに参加者は、お世辞コンピュータが評価アルゴリズムを備えていないと知っていたにもかかわらず、それを的確なコンピュータと同じくらい賢いと思っていた。

 

そして、被験者たちはコンピュータ・サイエンスを専攻している大学院生たちだった。

 

 

笑えますよね( ゚Д゚)

 

たとえ正確でなくても、褒められた側は気分が良くなり、自分をわかってくれる知的な人として、相手を見てしまうのです。

 

ちょっと一言

とりあえず、当たってなくても相手のことを褒めてあげる方が絶対良いです。

 

人間ってだいたい平均より自分が上だと思う傾向もありますので。

 

それに、変に知識人ぶってすべるより、褒めれば勝手にそう思ってくれますので、バンバン褒めた方が絶対得です。

 

ただ、誰かと比べたり、上から目線はNGです。

 

単純に相手の人柄や行動、態度、趣味などを褒めるといいと思います。

 

スポンサーリンク
 

スポンサーリンク
 


他にも色んなジャンルから(勉強法やコミュテクなど)たくさんの記事が読めます!  
カテゴリー一覧
 カテゴリー

-コミュニケーション

執筆者:



【ヨースケ】

大学を出て多くの就職面接に失敗。そして、日本の企業には就職しないことを選択。好きなことの中の1つは読書。その知識をシェアしたいと思い、ブログを始めました。

スポンサーリンク