よく政治的信念とか言いますが、ようは自分が大事にしている考えみたいなものだと僕は思っています。
僕は政治について全くどうでもいいと思っていますが、政治的信念を持っている人がその信念を批判されたり、侮辱されると、どういう行動に出るかという研究があったのでそれを紹介しようと思います。
死を感じ、自分の信念を侮辱されると
スキッドモア大学心理学教授のシェルドン・ソロモン、アリゾナ大学心理学教授のジェフ・グリーンバーグ、コロラド大学・コロラドスプリングス校心理学教授のトム・ピジンスキーは、「性格と食べ物の好み」を研究するために、政治的に保守的な学生と進歩的な学生を集めた。
研究者たちがいつも使っている質問に答えてもらうことで死について、また次の重要な試験について、どちらかを考えてもらう。
さらに学生たちは、食べ物の好みに関する実験で協力してもらうようにした。
隣のブースの学生と交換してもらうという名目で、自分の生い立ち、興味、食事の好みについても少し書いてもらった。
そして、被験者はパートナ-から、進歩的、または保守的という自己認識と一致する資料、あるいは一致しない資料のどちらかを受け取った(資料はでっち上げたもので、実際には、パートナーはいない)。
そのパートナーの意見には、「進歩派、または保守派にとって最高の場所を私は避ける」、「進歩派、または保守派はこの国で多くの問題を引き起こしている。しゃれにならない」という文が入っている。
さらに被験者は、パートナーが辛い食べ物が大嫌いだと知る。
そのあと被験者は、激辛のサルサソースをカップに取り分けるように指示され、「隣の部屋にいるパートナーは、料理の質を評価する前に、このソースをすべて平らげなくてはなりません」と告げられた。
パートナーは辛いものが大嫌いで、しかもすべて食べきらないと知っていながら、どれくらいたくさんの激辛サルサソースを取り分けるかを研究者たちは観察した。
次の試験について考えた時に学生は、パートナーの政治的信念がどちらであるかを気にしないことがわかった。
進歩派でも保守派でも、パートナーが食べるのに適度な量のサルサソースを与えた。
自分の死の運命について考えた学生も、パートナーと政治的信念が共通の場合は、同じように節度があった。
ところが、パートナーと意見が違う学生は、死について考えた後の方が2倍以上多い(時にはカップの縁ぎりぎまで)サルサソースを取り分けた。
自分の死を感じて、自分の政治的信念を侮辱されると、人の身体的に傷つけてやりたいという強い欲求が増すんですね。
まぁ、死を感じなくても、不安になれば攻撃性は増すと思います。
ちょっと一言
自分の政治的信念を反対されたり、侮辱されたと思い、なおかつ自分の死を感じると、相手を攻撃したくなってしまうということでした。
僕自身、政治的信念のかけらもないのでよくわかりませんが、多分自分の大事にしているものを批判されたり侮辱されたり、そして自分がいなくなったときそれを守れなくなるかもしれないから攻撃的なるのかなって思います。
これは僕の勝手な解釈ですが。
信念と現実を区別しておけば、こういう風にはなりにくいかと思います。
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